東京高等裁判所 昭和47年(ラ)111号 決定
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〔判決理由〕1 本件特許権に対する侵害の有無について
本件特許公報によると、従来公知の避難袋は、建造物上位より地上等に傾斜して張り渡されるため、広い空間を要するのみか、降下に際しては、避難者の荷重により救助網全体の径が小さくなり、避難者との接触面が多く、かつ、抵抗が大になるため、滑降速度が緩和されるけれども、他方、、身体の手、脚等露出部と布面とが極度に摩擦し、避難者が擦過傷を負う等の危険を生ずる欠点があつたが、本件特許発明は、これらの欠点の克服を発明の課題ないし目的とし、その特許請求の範囲に記載のとおり、「筒体の適当な個所に、避難者の体周より小さく、かつ、避難者の通過によつて円周方向に拡大され、通過後直ちに復元する伸縮自在の狭縮部を一個所以上設けておき、この筒体を建築物等の上層より鉛直に垂設する避難袋」の構造とすることによりその目的を達したものであり、その構造によれば、避難袋は鉛直に垂設するが、筒体の狭縮部によつて避難者の降下速度が緩められるか、または一時停止させられ、降下速度を緩和しながら安全に避難できるものであることが疎明され、叙上の疎明事実に徴すれば、本件特許発明においては、筒体に狭縮部とそうでない部分が交互に設けられ、狭縮部において避難者の降下速度は緩められるか、または一時停止し、次いで、狭縮部でない部分を落下し、続いて、再び狭縮部において前同様の作用を生じ、これを繰り返して、降下速度を緩和して安全に地上に避難するようにすることを技術的思想とするものであることは明白である。
一方、抗告人が相手方の製造販売する製品として、主張するイ号物件は、別紙添附の説明書に示された構成であるが、これによると、筒体は筒状の本体布の外周に避難者の体周より小さく、避難者の通過によつてふくらみ、通過後直ちに復元する、ステンレススプリングを螺旋状に巻いて形成したものであり、避難者が降下する際は、筒体はその外周のステンレススプリングにより、避難者の体周より小さく狭縮しているため、それを広げてくぐり抜けながら降下し、その間、摩擦により降下速度が減ぜられ、地上に安全に達しうるものであるから、避難者は終始狭縮部(筒体は、外周のステンレノスプリングにより、全長にわたり体周より小さく狭縮されている。)を広げながら降下するものであり、これを本件特許発明と対比すると、イ号物件が、狭縮部とそれ以外の部分とを交互に設けることにより、狭縮部とそれ以外の部分を交互に通過しながら(これにより、過度の摩擦を避けうることは、看易い道理である。)、降下遠度を順次緩和するという本件特許発明の前示の技術思想を欠くことは明らかであり、その構成を異にすることはもとより、作用効果においても、両者は同一に論じえないものというべく、したがつて、イ号物件は、本件特許発明の技術的範囲に属しないものといわざるをえない。もつとも、<書証>によれば、抗告人主張のとおり、抗告人が本件特許発明とは別に特許出願をした、「鉛直に垂設した筒体の全体を避難者の幅より常時小さくした避難袋」が本件特許発明と同一発明であることを理由に拒絶された事実が疎明されるが、右事実があつたからとて、このことはもとより前段認定を妨げるものとはいえず、他に右認定を動かすに足る疎明資料はない。
抗告人は、本件特許発明がいわゆる開拓者発明であり、垂直降下式避難袋が従来全く存しなかつたことを強調するが、特許発明の技術的範囲は、明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めるべきことは、特許法第七〇条に規定するところであり、この見地に立つて判断すると、前説示のとおり解すべきであるから、抗告人のこの点の主張は理由がないというべきである。また、抗告人は、本件特許発明の技術思想について云々するが、この点も認めえないこと前説示のとおりであるから、抗告人の右主張もとうてい採用するに由ない。
2 本件(二)および(三)の各実用新案権に対する侵害の有無について<略>
三 以上のとおり、本件仮処分申請は、各被保全権利について疎明がないことに帰着し、しかも、本件において、保証をもつてこれが疎明に代えしめることも相当とは認められないから、本件仮処分申請は、進んで爾余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないものといわざるをえない。
よつて、本件仮処分申請を却下した原決定は、結局相当であり、本件抗告は理由がないから、これを棄却すべく、主文のとおり決定する。
(三宅正雄 武居二郎 友納治夫)
<編注>抗告の趣旨および理由
一 抗告の趣旨
「原決定を取り消す。保証を条件として、相手方は別添の図面および説明書に示す、「垂直式救助袋」を製造し、販売し、頒布し、または販売の目的で広告宣伝してはならない。」との裁判を求める。
二 抗告の理由
原決定が、本件につき、被保全権利の存在を否定した根拠は、次のとおり、全く理由がないものであるから、抗告の趣旨記載の裁判を求める。
1 本件特許発明は、開拓者発明であり、本件特許出願前においては、避難袋を垂直降下式とした技術は全く存在しない。原決定が指摘した実公昭八―八、四〇三号公報も斜降式のものであり、垂直降下式のものではなく、それ以外に全く資料がないから、公知技術の存在ゆえに、本件特許発明の権利範囲を狭く解釈しなければならない理由は全くなく、したがつて、本件特許発明についてはその特許請求の範囲の記載どおりの権利主張が是認されるべきである。
2 本件特許発明は、原決定が認定したように、「筒体それ自体が伸縮性を有するもの」に限つて権利付与を受けたものではない。その実施例のうちに、「狭縮部……の部分は、伸縮自在のゴム状を有し」との説明があるが、この「伸縮自在のゴム状」の説明から、何ゆえ筒体それ自体が伸縮性を有するものでなければならないか、原決定には全く根拠が示されていない。まして、特許請求の範囲には、単に筒体の適当な箇所に……伸縮自在の狭縮部を……設け」というに止まり、その具体的構造については、何ら指定ないし限定するところはない。抗告人は、「伸縮自在の狭縮部を」有するものという点を技術思想として特許出願をし、その技術思想について権利の付与を受けたものであるが、原決定はこの点を看過している。
3 原決定は、被保全権利の存在を否定する根拠として、抗告人が他に特許出願をしていることを挙げているが、これは、いわば「防衛出願」といわれるものであり、右特許出願が本件特許発明と別発明との判断が示されれば、権利を他にとられないこととなるし、逆に、同一発明と判断された場合には、権利主張の範囲が確認されたことになるのであり、抗告人の他の出願が同一発明との判断を受けたことは、本件における対象物件が本件特許権を侵害する有力な根拠となりこそすれ、原決定の認定説示するように侵害が成立しない根拠とはなりえない。
4 原決定は、被保全権利の存在を、本件特許発明の公報の「発明の詳細な説明」の欄の記載を根拠として否定しているが、この欄には、原決定の認定したような、本件特許発明が「筒体それ自体で伸縮性を有するもの」であることを窺わせる記載は全くないし、そのための具体的構成についても何らの指定はなく、さらに、これについての作用効果についての記載も全くない。同欄には、従来公知のものの欠点を六項目に分類し、これを解決したことが記載されているのみであり、この点からも、本件特許発明は、筒体自体が伸縮する点について権利の付与を受けたものでないことが明らかである。